《マノン・レスコー》はじめに どんな作品?

《マノン・レスコー》はじめに どんな作品?

1893年の2月、イタリアのオペラ界に何が起きていたか、ご存じでしょうか?

2月1日、トリノ王立歌劇場(Teatro Regio di Torino)で、プッチーニの《マノン・レスコー》が初演されました。
その8日後の2月9日、ミラノのスカラ座(Teatro alla Scala)では、ヴェルディ最後のオペラ《ファルスタッフ》が幕を開けています。

このとき、ヴェルディは79歳、プッチーニは34歳。
偶然とはいえ、面白い巡り合わせです。

《マノン・レスコー》は、プッチーニの3作目のオペラです。
《妖精ヴィッリ》(Le Villi)、《エドガール》(Edgar)に続くこの作品で、彼は初めて大きな成功をつかみました。

原作は、フランスの作家アベ・プレヴォー(Abbé Prévost)の小説『マノン・レスコー』(原題 Histoire du chevalier des Grieux et de Manon Lescaut)です。
同じ小説からは、9年前にマスネがオペラ《マノン》を作っていました。
それでもプッチーニは、同じ題材にあえて挑んだのです。

台本づくりには、何人もの書き手が入れ替わりで関わりました。
そのため、初版の台本には作者の名前が載っていません。

物語を、幕ごとに追ってみましょう。

第1幕は、フランスの町アミアンの広場です。
音楽は Allegro brillante(♩=132)の、弾むような響きで始まります(このコラムの「マノン・レスコー1」で書きました)。
学生たちがにぎやかに集う中、一台の馬車が着きます。
降りてくるのは、修道院へ入る途中の少女マノン(Manon)、その兄で国王の近衛の軍曹レスコー(Lescaut)、そして金持ちの老人ジェロンテ(Geronte)。
学生のデ・グリュー(Des Grieux)は、マノンにひと目で恋をします。
ジェロンテがマノンを連れ去ろうとしていると知った二人は、その馬車に乗ってパリへ逃げてしまいます。
老人が用意した馬車で逃げるのですから、ジェロンテにとっては踏んだり蹴ったりです。

第2幕はパリ。
マノンは、デ・グリューのもとを離れ、ジェロンテの屋敷でぜいたくに暮らしています。
そこへデ・グリューが現れ、二人の情熱がふたたび燃え上がります。
ところが、逢い引きの場をジェロンテに見つかってしまいます。
逃げる前に宝石を手放せなかったマノンは、ジェロンテの訴えで捕らえられます。

第3幕の前には、間奏曲(Intermezzo)が置かれています。
題は「La prigionia – Il viaggio all'Havre」(囚われ、ル・アーヴルへの旅)です。

この間奏曲には、オーケストラがすすり泣くところがあります。
私はいつも、そこでオーケストラに、とくに弦楽器に、すすり泣くような音色を頼んでいます。

Singhiozzate.
(すすり泣いて)

プッチーニ《マノン・レスコー》間奏曲
ボローニャ歌劇場フィルハーモニー 指揮 吉田裕史(2016年9月28日 サントリーホール)

第3幕は、港町ル・アーヴル。
アメリカへ送られる女たちの中にマノンがいます。
救い出す試みは失敗し、デ・グリューは船長に願い出て、見習いの水夫として同じ船に乗り込みます。

第4幕の舞台は、台本のト書きにこう書かれています。

In America. Una landa sterminata sui confini del territorio della Nuova Orléans.
(アメリカ。ニューオーリンズの領地のはずれの、果てしない荒れ野)

二人は逃げ続け、マノンは疲れ果てて、デ・グリューの腕の中で息を引き取ります。

正直に言うと、私はこの二人に共感できません。
以前この作品を振ったときも、それは同じでした。
私を納得させてくれたのは、音楽の美しさだけでした。

そんな第4幕で、初めて胸にきた一言があります。
息を引き取る前のマノンが、デ・グリューに問いかける言葉です。

… era amorosa la tua Manon? Rammenti?
(あなたのマノンは、愛に満ちていたでしょう? 覚えている?)

これが、本当の愛だと思います。

にぎやかな学生たちの広場から始まった物語が、誰もいない荒れ野で終わります。
第1幕の弾むような音楽を思い出しながら最後の幕を聴くと、二人がどれほど遠くまで来てしまったのかが分かります。

読者の皆さん、次に《マノン・レスコー》を聴くときは、どうか第1幕と第4幕の景色を並べて思い浮かべてみてください。

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