《Le Villi》を語る Vol.8

《Le Villi》を語る Vol.8

― グリエルモの優しさと、「Non ti scordar di me」登場の瞬間 ―

マエストロ(私):ここでようやく、アンナの父であるグリエルモが舞台に立ちますね。彼の語りはとても穏やかで、情感に満ちています。

教授:ええ。彼の台詞には、古風ながらも温かみのある表現が散りばめられています。「Ebbene?」「Può fare」など、まるで日常会話の中に生きているような語り口です。

マエストロ:「Ebbene?」は日本語だと「それで?」「まあ、いいだろう」くらいの柔らかい促しのようにも聞こえますね。

教授:そうですね、穏やかな前置きのようなもの。「Può fare」は直訳すれば「やれる」「できる」ですが、ここでは「それでもいいだろう」「まあ、許せる」といった寛容のニュアンスが強いです。

マエストロ:つまり、グリエルモという人物は、過去の価値観を抱えながらも、娘や時代の変化に柔軟に寄り添おうとする存在なのですね。

教授:その通りです。「Son vecchio ma in gamba(私は年寄りだが、元気だぞ)」という台詞も、自虐ではなく、優しいユーモアとして響きます。

マエストロ:そして、この場面に「Non ti scordar di me(私を忘れないで)」というフレーズが登場する。まるでアリアの序章のように、感情が準備されていく瞬間です。

教授:ただし、実際にアンナが歌う正確な歌詞は以下のようになります:

Se come voi piccina io fossi,
o vaghi fior, sempre sempre
vicina potrei stare al mio amor.
Allor dirgli vorrei: "Io penso sempre a te!"
Ripeter gli potrei: "Non ti scordar di me!"

(もし私があなたたちのように小さかったら、
ああ、美しい花々よ、いつもいつも
愛しい人のそばにいられるのに。
そのとき彼にこう言いたい:「私はいつもあなたのことを想っています!」
そして繰り返しこう言いたい:「私を忘れないで!」)

この詩句は、単なる花への語りかけではなく、愛する人との絆と記憶を封じ込める祈りのようでもあります。

マエストロ:プッチーニの音楽も、その感情の揺らぎを非常に繊細に描き出しています。旋律は単純ながら、ピアニッシモの中にゆるやかなカンタービレ。途中でritardandoが入り、呼吸を整えるように「間」が差し挟まれます。

教授:しかも弦楽器はsordino(弱音器付き)で演奏され、まるで「胸の内からそっと語りかけるような音色」になっていますね。

マエストロ:まさに"内声の音楽"です。感情を叫ぶのではなく、聴衆の内面に染み込ませてくるような響き。

教授:この"忘れな草"は、ただの植物ではありません。記憶、約束、そして裏切りへの防波堤として機能します。観客の意識に、この花の"重さ"がじわじわと植え付けられていくんです。

マエストロ:そして、父グリエルモの優しさが、アンナのこの行為にそっと寄り添っている。プッチーニは、この静かな父娘の時間を、とても丁寧に描いています。

まとめ:言葉と花と音楽が交差する、"前アリア的"場面

グリエルモの言葉は、舞台の空気をやさしく変える。彼の古風な語りと花の名前が、"別れ"と"記憶"を静かに結びつけていく。それは、まるで「花に託された想い」が、アリアへと自然に繋がっていく序章のようなのです。

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